エースが出掛けた後の部屋の中…


肌掛けを捲って顔を出したは、麻縄で縛られた手首に目を向けた










「 ったく、あんにゃろ〜…アタシは犬じゃないっつーの! 」









とて馬鹿ではない

本気で この大海原の真ん中から逃げ出す気など更々なかった。

……しかし……








「 ……ぅ〜〜〜っ…… 」







先程から の身体に生理現象の波が押し寄せている


エースが戻ってくるまで我慢しようとも思っていたが

よくよく考えてみれば、エースはどれくらいで戻るとも言わなかったので

それまで我慢出来るか どうか判らない









「 仕方ない……解くか。 」







麻縄で縛られた手首に目をやれば

肌が擦れないよう多少のゆとりは保たせてあるものの

無理をしても手を引き抜ける程の隙間はない。


はなんとか結び目が解けないものかと、縄をいじり始めた









バウライン・ノットと呼ばれる結び方で縛ってあるの手首


縛る事も解く事も簡単に出来るという 船乗りには常識的な結び方であるが

そんな事を まったく知らない

その多少変わった結び目を解こうと 色々な方向から引っ張ってみた…


そのため通常なら ある一部分を引けば簡単に解く事が出来たはずの結び目が

変な所だけ解け、さらに解けたと思い 引っ張ったものだから

逆に縄が締まり さらに堅く頑丈に結ばれてしまった










「 んもーーっ! 何なのよコレーーー!! 」









イライラが最高潮に達し、キレた


ベッドから降りると 部屋の隅の棚に向かって歩き出した。


その棚の一番上の引き出しに 昨晩

エースが腰に携えていた短刀を片付けるのを見ていたのである。


当然 エースもその辺りは計算し

棚に届かない長さの縄で縛ってあったのだが

そんな事はお構い無しに はベッドの方へ向き直ると

縄を掴み 思いっ切り引っ張った



麻縄が解けない事への怒りも手伝ったのか

結構 重いはずのベッドが ゆっくりと動き始め…

辛うじて指先が把手へと届いた





嬉々として把手を引っ張る


すると 想像していたより重かったのか

引き出しは勢い良く傾き、ゴトンッと重量感のある音をたて

中に入っていた短刀が床の上に転がり落ちた



は拾い上げた短刀の重さに一瞬驚き

その後 さらに引き抜いた短刀の鋭い光に息を飲んだ…










「 まさかアイツ……これで人を殺してるなんて事…ないよね? 」










とて海賊が行なう略奪行為や殺戮行為を知らない訳ではない。

ましてや自分がこの船に連れて来られた時の状況は

略奪行為の真っ最中であった



しかし、多少 強引な所はあるものの……

ここへ連れて来られて 何か酷い事をされた訳でもなければ

エースの自分に接する態度から

到底 非人道的な事をする輩にも見えなかった。









「 大丈夫………だよね? 」











海賊に対しての不信感を簡単に打ち消す事は出来ないが

エースが もし そんな人間であったのならば 自分が惚れていた筈も無いだろう…

半ば疑心暗鬼に囚われながらも

そんな事をボーっと考えていただったが……







「 ………あ。 」







再度 押し寄せた生理現象の波に

は自分が短刀を手にした理由を思い出した










「 そうそう、トイレに行きたいんだった。 」








刃先を縄に押し当て ゆっくりと上下に動かし始めた



麻縄は プツプツと小さな音をたてながら少しずつ切れていったが

捻れた部分は硬く絞まっていて、なかなか千切れない









「 硬いな……でもあと少…し…………痛っ! 」









もう少しで切れそうだと思い、指先にグッと力を込めたところで

切れかけていた麻縄が勢い良く千切れ飛び

勢い余った刃先は そのままの手首を傷つけた








「 いったぁ〜〜〜…… 」







慌てて指先の力を抜いたが、傷口は思ったより深く 出血が止まらない









「 やばっ! 部屋が汚れちゃう……何か押さえるもの…… 」








他の引き出しを開け、ゴソゴソと中身を漁る

そして手頃な布を見つけると傷口に巻き付け、応急処置を施した








「 これで良し!と………さて、トイレは何処にあるんだろ?

ていうか この部屋は船のどの辺にあるんだ?? 」









は部屋の扉を開けると

明かりの灯っていない薄暗い廊下へと出て行った……












































ところ変わって甲板









白髭に呼び出されたエースは

ネイサンを含めた数人の幹部らしき男達と何やら話し合っていた。








「 ……という事だ。 何か他に聞いておきたい事があるなら、あとはネイサンに聞け。 」


「 ……うぃっす。 」


「 まぁ 数日前までのテメェなら差し当たり問題は無かったんだろうが、今は状況が違う。

別にテメェが連れて来た女の事をとやかく言うつもりはねぇが

相手も楽に事を進めるつもりなら まず弱点になりそうなヤツを狙うだろう……

本気で抱え込むつもりなら後悔しねぇようキチンと肝に命じとけ。 」


「 ……判りました。 」









白髭が話し終えると、エースは眉間に深い縦皺を刻み込み その場を離れた。





白髭の話を簡訳すると

先日 帰還したネイサンが仕入れた情報によれば、

どうやらエースの命を狙っている輩が居るらしい


海賊王と肩を並べるとまで言われる白髭が率いる船の幹部クラス

海軍にしろ海賊にしろ、エースの命を狙う輩など幾らでも居ておかしくない話なのだが

調べていくにつれ、その輩の異様な様に気付いた



……人物像が毎回違うのだ



端正な顔立ちをした男だったと言う話の時もあれば

吐き気を催す程のひどい容姿をした男だったと言う時もあり…

唯一 共通している点と言えば



相手が男であるという事と

毎回 最後に同じ台詞を残して去っていくと言う事だけ



海軍でもなければ海賊でも無いようで

最終的に仕入れた情報によれば その輩は着実に本船との距離を縮めているらしい




相手の容姿が判らない上に 今の本船との距離も判らない

加えて当の本人は 先日 帰船した際、大事そうに女を抱えて戻って来た

その女が大切であればあるほど 弱点になるのは目に見えている



仲間を大切にしている白髭だからこそ 心配するのも当然と言えば当然で…

それが たとえ僅かであっても、白髭の心労に繋がる事が心苦しいエースは

その見えない相手に対して イライラが募る








「 ……上等じゃねぇか。 何処のどいつか知らねぇが  

   やれるもんならやってみろっつーんだ……ん? 」








その時、信じられない光景がエースの目に飛び込んできた…


部屋の中に残してきたはずの

フォアマスト付近を ぽてぽてと歩いていたのだ









「 なっ……なんであんなトコを歩いてんだアイツ!? 

  まさかマジで逃げる気じゃねぇだろうな?!?! 」









エースは慌てての居る方向へと走りだす…


その瞬間











ドーン!!









突如 鳴り響いた砲撃音と共に 船体が激しく左右に揺れ動いた










「 きゃぁっ!! 」










船体が大きく振られると同時に

バランスを崩したの身体は船外へと投げ出された







「 危ねぇ!! 」







エースは咄嗟に甲板を蹴り上げると

マストから垂れ下がっていたロープを 腕に絡めるように掴み取り

その身を翻し の腕をガッチリと掴み取った








「 敵襲だぁーーー!! 」









見張り台の上から仲間の声が上がり、

船上が一気に騒めき立つ






砲弾が飛来した方角に目を向けると

大きなジーベック船が一隻 姿を表していた


どうやら右舷に見えていた巨大な岩影に船体を隠し

襲撃の機会を伺っていたらしい









ドーン! ドーン!! ドーン!!!








立て続けに浴びせられる砲弾


舵師の巧みな操舵で 本船に命中はしないものの

海上に落ちる砲弾の立ち上げる波が 船体をさらに激しく揺さ振り

ロープの先にぶら下がっているエースとの身体が

外側へと強く引っ張られる









「 いっ!! 」


「 ……? 」








の腕に裂けるような痛みが走った…


先程 付けた傷口から 再度 鮮血が溢れだし

巻き付けていた布に滲み出す







「 なっ……?!?! 」
――― 何で怪我なんかしてやがんだコイツ!? ―――









生温い その液体が しっかりと掴んでいるはずの

の腕をズルリと滑らせた…

だが 傷に気付いたエースは強く掴み直す事も出来ず

その表情に焦りの色が浮かぶ








「 おい! そっちの手も伸ばせ!!」








言われるままに手を伸ばす



傷口に走る痛烈な痛みに耐え

が伸ばした指先が手に触れた瞬間…

エースの脳裏に 苦々しい過去の記憶が鮮明に蘇った




全身 総毛立つような悪寒が背筋を一気に走り

その手に 思わず力が籠もる…





は痛みに顔を歪め エースを見上げた…

その時

一瞬ではあるが エースの肩越しに鬱蒼と生い茂る木々が見えた




むろん ここは海上…

木など一本も生えているはずが無い



しかし 確かに先程 目の前に不思議な光景が広がった









( 今のは一体…… )








その事実に戸惑う

そこへエースの怒声が飛んできた







「 何してんだ!! しっかり掴め!! 」


「 !! 」







その声に ハッと我に返ったは エースの腕をしっかりと掴み返した



ロープに振られ、足場が不安定ながらも を引き寄せたエースは

その身体をガッチリと かき抱き、甲板へと着地する

そしてメインマストに巻き付けてあるロープをの手に握らせた








「 そこ しっかり握って座ってろ。 」


「 う…うん… 」








イライラした口調でそう告げると、の顔も見ず

船外へと踵を返したエース


からは見えなかったが、その目は鋭く 怒りに満ちていた








「 よう、手伝うか?」


「 いや、いい………嫌な事 思い出させやがって!

アイツら全員 海王類の餌にしてやる!! 」







甲板に居た仲間の申し出を断り、部下らしき男達へと指示を出すエース








「 おい!  俺の船を出せ!! 」


「 へい! 」






船縁から数人の男達がエースの小舟を海上に向かって投げ出す…

と同時に、エースも船上から飛び出した





小船が着水した瞬間

バルブ後部の噴出口から凄まじい水飛沫を上げ

敵船へ向かい勢いよく進んで行った









「 一人突っ込んで来たぞ! 狙撃隊、迎え撃てーー!! 」







号令と共に銃声が鳴り響き、エースに向けて無数の銃弾が浴びせられる

しかし 能力者であるエースに鉛玉が効くはずもなく……

当たったはずの銃弾は、エースの身体を擦り抜け 海面に小さな水飛沫を上げるだけ








「 どうなってやがんだ!? 銃が効かない……ちくしょう! 能力者か!! 」


「 ……そんなんで よくウチに喧嘩売る気になったもんだ。 」


「 砲撃手! あの小船を狙え! 能力者なら海に落としちまえばコッチのモンだ!! 」








ドォン ドォン と舷側の砲門から無数の砲弾が降り注ぐ

しかし、エースは巧みに小船を操り 降り注ぐ砲弾をいとも簡単に避けていく









「 んな簡単に この首 殺れると思うなよ………うおおおりゃあぁぁーーーー!!! 」







エースは豪炎と化した上腕筋を振りかぶると

敵船に向かい 力強く振り下ろした…



炎が巨大な塊となってエースの腕から放たれる



炎塊が船体に叩きつけられた瞬間

巨大なジーベット船は真っ二つに折れ 同時に本船からは

退屈な航海中に起きたショーを楽しむかのような歓声が沸き上がった


































敵船を沈め 本船に戻ってきたエース


甲板に居た仲間連中が声を掛けて来ているのを適当に受け流しつつ

マストの根元に座り込んでいるの元へと歩み寄った








「 …………おい。」








眉間に皺を寄せたまま を見下ろすエース

その表情から エースが怒っているのを感じ取れた



先程 攻撃を仕掛けてきた敵船が怒りの理由かとも思ったのだが

エースの視線が腕の傷に向けられている事に気付いた




多少 焦りながらも 引きつった笑みを向け

とりあえず 今の功績を称えて 誤魔化してみようと試みる








「 ……あんな大きい船 一撃で沈めるなんて あんたって本当に強いんだねぇvv 」


「 んな事ぁ どうだっていい! その傷は何だ!! 」








思ったよりもエースの怒りは凄まじく…

その怒声に 戦々恐々とする







「 …ト……トイレ行きたくて…… 」


「 トイレ行くと怪我すんのかよ! んな話 聞いた事もねぇぞ!! 」







しかし 頭ごなしに怒鳴り付けられ

だんだん腹が立ってきた







「 何そんなに怒ってんのよ! 大体あんたがあんなモンで縛ってくから悪いんでしょ! 

トイレ行きたいのに解けなかったからナイフで切ってたら 一緒に手も切っちゃったのよ!! 」


「 な…簡単に解けるように結んどいたじゃねぇか! 」


「 悪かったわね! アタシには解けませんでした〜!! 」


「 ……っ…… 」







まさかが逆ギレするとは思わなかったエース

しかも、怪我の原因が自分の行動にあったと聞き、思わず 口篭ってしまった






「 …………… 」


( ……あれ? もしかして落ち込んじゃった? )







意気消沈した様子で目の前に座り込んだエースを見て

少々 罪悪感を感じ始めた

ズキズキと痛む腕を摩りながらエースの顔を覗き込む…








「 ……あ……あの…っ…… 」


「 ……? 」


「 ご……ごめん………ちょっと……言い過ぎた…… 」


「 ………っぷはは! 何でお前が謝るんだよ(笑) 」


「 いや……だって 自分の不注意で怪我しただけなのに、

アンタが あんまり怒るもんだから つい八つ当たりしちゃって…… 」


「 怒って当たり前だろ……傷が残っちまったら どうすんだ。 」


「 ……こんなの……傷のうちに入んないわよ…… 」


「 …………… 」









何か思うところがあるのだろう…

目線を逸らし 伏目がちにボソッと呟いた


その姿を エースもまた無言で見ていたが

の頬を包むように触れると、クイッと顎を引き 目線を合わせた









「 で? 何でここに居たんだ? まさか本気で泳いで逃げる気だったんじゃねぇだろな… 」


「 アタシだって そこまで馬鹿じゃないわよ……部屋に戻ろうと思ったんだけど、

肝心の部屋が何処か判らなくなっちゃったから あんたの事 探してたのよ。 」


「 ………方向音痴なのか お前(笑) 」


「 ちっ…違うわよ! 同じドアばっかじゃ何処だか判んなくて当たり前でしょーが!! 」


「 あ〜はいはい。 そーいう事にしといてやるよ(笑)」


「 ………何か無性に腹が立つ言い方。 」







ムッとした表情を浮かべ睨むを見て

楽しそうにククッと笑うと 立ち上がるエース







「 とりあえず 医務室行くか。 その後 船ん中案内してやるよ……また迷子にならねぇようにな♪ 」


「 あんた 絶対 バカにしてるでしょ、私の事……っ!? 」









さらに からかわれ怒り出した

エースは ひょいと担ぎ上げた








「 ちょっ…ちょっと! 何してんのよ!! 」


「 怪我人 労わってやってんじゃねぇか♪ 」


「 怪我してんのは手で、足じゃないでしょ! 降ろしてよ!! 」


「 細けぇ事 気にすんな♪ 」


「 気にするわよ!! 皆 見てんじゃないのよ!!! 」


「 他の野郎がちょっかい出さねぇように 俺のモンだって見せ付けとかなきゃなvv 」


「 何言ってんのよバカ! 降ろして〜〜〜!!! 」











甲板に居る他の船員達の好奇の目に晒され

恥ずかしさに悪口雑言 喚き散らすを担いだまま

エースは船内へと入って行った…