何処をどう歩けば こんなに時間が掛かるのか…
ようやく街に辿り着いたゾロ
酒場の扉を開け、ザワザワと騒がしい店内に入ると
カウンターまでつき進む
腰にさげた三本の刀が互いに擦れ合い、
歩幅に合わせてガチャガチャと音をたてる…
「 ……おい、アイツ………」
「 あぁ? 」
「 ありゃ、例の海賊狩りじゃねぇのか?」
テーブル席に座っていた一人の男がゾロに気付き
一緒に飲んでいた連れの男に耳打ちをする
「 何?! 海賊狩り?!」
「 シィッ! 声がデケェよ!!」
慌てて連れの口を塞いだが、時 すでに遅し……
店内に居た他の客もゾロの存在に気付き始めた
荒くれ者の視線がゾロに集中する…
しかし 当の本人は そんな廻りの状況に目もくれず、
カウンターに座り 酒を注文している
ゾロが出された酒に手を付けようとした
その時
「 これだけ視線を集めといて ずいぶんと余裕な態度じゃねぇか
海賊狩りさんよぉ……」
「 ……………。 」
酒に手を付けるのを邪魔され
不機嫌そうに振り向いたゾロの目に映ったのは
いかにも腕に自信があるぞと言わんばかりの風体をした小汚いヒゲ面の男
「 テメェの腕前が どれ程のモンか…是非 手合せ願いてぇもんだな。」
「 ……さっきから余計な邪魔ばかり入るな……落ち着いて酒が飲める場所っつーのはネェもんか。」
「 恨むんなら中途半端なテメェの知名度を恨みな。」
「 面白ぇ………中途半端なのは どっちの腕か 試してみようじゃねぇか。」
売り言葉 に 買い言葉
中途半端と言われ、かなりカチンときた様子のゾロ
出された酒に手も付けず そのまま席を立つと
酒場をあとにした
「 一つ言っとくが、手加減してやるほど優しくねぇぞ俺は。」
「 ほざけ、それはコッチのセリフだ」
ジリジリと間合いを詰めながら攻撃の機会を窺う…
互いに けん制しあい睨みあう二人だったが
勝負は一瞬で決まった
攻撃を仕掛けてきた相手の太刀筋を読み、一旦 その刃を受け止めると
腕の力で相手の身体を武器ごと押し戻し 間合いを詰め 一気に斬り付けるゾロ
「 グアッ! 」
短い悲鳴とともに地面に崩れ落ちる男
「 中途半端だったのはテメェの方だったみてぇだな。」
「 チッ…… 」
刀を鞘に戻し、振り向いたゾロは
ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、倒れている男に告げる…
男は苦虫を噛み潰したような顔をしてゾロを睨んだが
起き上がる事なく そのまま意識を失ってしまった
――― ………………… ―――
スタスタと暗い夜道を歩いているゾロ…
一見 普通に歩いているように見える…
が、実際は脇にさした和道一文字の頭に手を当て
臨戦態勢を整えている
――― ………何だこの気配は……… ―――
先程 酒場を出た辺りから気が付いていたもの…
肌に突き刺さるような視線…
そこに殺意は感じられないが、今まで感じた事のない
一種 異様な気配が気に掛かる……
――― 動物………じゃねぇな… ―――
ゾロが立ち止まれば、その気配も立ち止まる…
ゾロが歩き始めれば、その気配も歩き始める…
――― ………確実に俺の間合いを把握してやがる。 ―――
先程の男との戦いを見ていて把握したのか…
付かず 離れず の距離を保っている ソレに意識が集中するゾロ
「 ……いい加減 姿を見せたらどうだ。」
人気の無い通りに出たゾロは足を止め
刀に手を当てたまま 言葉を発した…
「 まさか バレてねぇなんて思っちゃいねぇんだろ? 」
「 ………そうね。」
――― 何 !?!? ―――
振り向きざま刀を抜いたゾロだったが
その結果はゾロの考えていたものとは まったく違うものだった…
抜いた刀を相手に突き付けるどころか
一瞬の内に間合いを詰めた相手に喉元を掴まれ
身体が宙に浮いている…
刀を手にした腕も空いた手で押さえ込まれ…
だが、 ゾロが一番 驚いたのは
今 自分の目の前に居る存在だった……
月明かりに照らし出されたものの姿…
「 女………だと?」
「 ふふ………意外だったかしら?」
口元に笑みを浮かべ、ゾロを見上げる女…
それは金色に光り輝く瞳に スレンダーな肢体
透き通るような白い肌に、深紅の口唇を持った美しい女だった…
「 どうしたの? 相手が女だから油断したとでも?」
「 へっ……そんな言い訳がましい事 言う訳ねぇだろ。」
確かに 最初に聞こえた第一声に一瞬 躊躇った…
とはいえ、決してゾロの行動が遅かった訳ではない。
,数秒 反応が遅れただけである。
それ以上に…
女の動きが常人離れしていたのだ。
そのか細い腕からはとても想像 出来ないような異形の力…
男一人を軽々と片腕で持ち上げているのだから…
「 テメェ……一体 何モンだ 」
「 あなた達とは違う種族……とでも言っておこうかしら? 」
「 何のつもりで俺の後をつけてきた…」
「 判らない………ただ、あなたに興味を持ったのは事実。」
「 興味…だと?」
「 そう…あなたの存在と……この身体の中を流れるものに 」
「 つっ…!! 」
ゾロの首を掴んでいる女の指先が頬を滑る…
と同時に、その部分に鈍い痛みが走った
まるで刀で撫でたように スゥッと赤い筋が一本
そこからジワリと溢れ出た鮮血を
顔を近づけてきた女の柔らかい舌がペロリと舐め上げた…
「 ふふっ……美味しいvv 」
まるで極上のワインのような甘美な味に
至極ご満悦な笑みを浮かべ ゾロを見据える女
幼い頃 聞いた話がゾロの脳裏をよぎる…
『 ヴァンパイア 』
人間を糧とし、その生き血を啜り生きる種族
人の何十倍もの力を持ち 決して年をとる事は無い…
しかし その特殊な能力と引き換えに
闇夜に生きる事を定められ、太陽の光に晒されれば
その強靭な肉体は 無残にも塵と化してしまう事を宿命られた種族…
――― 子供騙しのお伽話だと思ってたが… ―――
――― コイツが……そのヴァンパイアってヤツか ―――
「 俺を喰う為につけてた訳か… 」
「 ……あなたも他の人間達みたいに命乞いでもしてみる?」
「 ハッ……んな みっともねぇ真似する訳ねぇだろ。」
「 そう……じゃぁ大人しく食べられてくれるのかしら 」
「 それも……ゴメンだな!」
「 !!! 」
素早く刀の柄を指先で弾くゾロ
その行動をとっさに察知し ゾロを突き放したが
クルリと回転した和道一文字の切っ先が女の腕を掠めた
「 乱暴な人ね… 」
「 易々と食われる訳にゃいかねぇからな…それに…どうせ すぐ治るんだろ? 」
「 あら…知ってたの?」
「 そうじゃなきゃ、腕を押さえ込んだ時点で刀を振り落とすだろ 普通。」
ゾロの言った通り、腕からポタポタと滴る血の量が次第に少なくなり
あっという間に女の腕の傷が跡形もなく消えた…
無意識にとった自分の小さな行動で そこまで察知したゾロを
とても気に入った様子の女…
「 あなたって本当に興味の尽きない人…」
「そりゃどうも……」
――― 素直に喜んでイイもんか どうか……―――
ゾロは口元に微妙な笑みを浮かべながら女の方を向き刀を構える…
と、次の瞬間 一陣の風が辺りを吹き抜けた
その風に乗るように女の身体がフワリと浮く
「どうした……俺を喰うんじゃなかったのか?」
「ふふ……もう少し待とうかと思って。」
「 あぁ?? 」
「 まだまだ熟成しそうだものvv 」
「 ………てめぇの出て来れねぇ昼間の内に逃げちまうとか思わねぇのか?」
「思わないわ…そんなタイプに見えないもの 」
「 ……お目が高い事で 」
「ふふ……じゃあね♪」
「あ! おい!! お前、名前なんてんだ?!」
「 ………どうして名前なんて聞くの?」
「 ……女に軽くあしらわれたのは初めてだからな 」
「 そう……よ。 じゃ、またね……ゾロvv」
はゾロに楽しそうな笑顔を向けると
闇夜に溶け込むように その姿を消した
「 またね……か。 厄介なモンに目ェ付けられちまったな… 」
ポツリと一言 呟くように漏らすと
構えていた和道一文字を鞘口に収め、ゾロもまた
街中へ向かい歩き去って行った…