「 いい眺めだ… 」








見晴らしの良い丘の上……

漆黒の夜空に浮かぶ満月を愛でながら

酒瓶に口を付ける剣士が一人




ヒンヤリと冷たくなった夜風が時折 肌を撫でていく…

シ…ンと静まり返った宵闇の中

背後から忍び寄る気配に気付いたゾロ








「 ロロノア・ゾロってのは………あんたの事だよな? 」


「 …近くに同姓同名のヤツでも居なきゃ俺の事だろうな…」








瓶の中の酒を飲みながら振り向きもせず答えるゾロ








「 飲んでるトコ悪ぃが………ロロノア・ゾロ! 討ち取らせて貰うぜ!!」









言うが早いか、ジャリッと足音を立て、男がゾロに斬り掛かった











キィンと甲高い金属音が辺りに鳴り響く……






瞬時に抜いた刀で、振り下ろされた男の刄を受けとめたゾロ












「 ったく、せっかく月見を楽しんでたっつーのに不粋な野郎だな… 」


「 ……やっぱり不意打ち食らわせて討ち取れるようなタマじゃねぇか。 」


「 アホか……あれの何処が不意打ちだ。 殺気プンプン振りまいてたじゃねぇか…」


「 う…うるせぇ! 本来、真っ向勝負でも負けやしねぇんだ!!」


「 あぁ そうかぃ……」













力任せに身を引き離し、体勢を整え再度向かって来る男

ゾロも刀を三本構え、迎え撃つ












「 鬼……斬り!!」


「 ぐわぁっ!! 」











威勢良く斬り掛かって来た男だったが、いとも簡単に斬り飛ばされ

近くに そびえ立っていた樹木に叩き付けられる















「 威勢のイイのは口先だけだったみてぇだな……これじゃ修業の相手にもなりゃしねぇ。」


「 く…… 」













刀身に付着した血糊を軽く振り飛ばすと

刀を鞘に納め、地面に置いてあった酒瓶を拾い上げる…













「 ………空か。 仕方ねぇ……街に戻って飲み直すか 」


「 くそ……覚えてやがれ、ロロノア…」


「 ………弱ぇヤツの事なんかイチイチ覚えてられるか。」









ゾロはガリガリと頭を掻き上げると、

不機嫌そうに空瓶を投げ捨て去って行った



















刀で身体を支え、立ち上がった男は

ヨロヨロとした足取りで樹木に もたれかかる……










「 ゲホッ……ヤロゥ……馬鹿にしやがって………」


「 実際、弱いんだから仕方ないわよ……」


「 だ……誰だ!?」









突如 聞こえてきた声に驚いた男は

あわてて辺りを見回したが誰の姿も見えない……








「 ふふ……何処を見てるの? ココよ。」








バサバサッと衣服のはためく音と共に

男の頭上から一人の女が舞い降りて来た







突然の出来事に驚き、立ちすくむ男の目の前には

透けるように白い肌の美しい女が一人…











「 な…何だお前は……」


「 痛々しい傷…可哀相に………」










女の細い指先が、ゾロに斬り付けられた男の傷口を撫でる

心臓の律動に合わせ、ドクドクと溢れ出る鮮血が

その指先を赤く染めていく…










( か…身体が…動かねぇ…)














金色に光る女の瞳に見据えられ、微動だに出来ない男…







女は男を見つめたまま 赤く染まったその指先を口元に運ぶと、

ペロリと舐め上げ 氷のように冷たい笑みを浮かべた













「 大丈夫……すぐ楽にしてあげるから……」













男の頬を優しく撫で、ゆっくりと顔を近づけていく…












次の瞬間

















「 グァッ…!! 」










喉元に走る鋭い痛み


反射的に女の肩口を掴んだ男だったが

次第に意識も薄れ始め、その腕は弱々しくパサリと崩れ落ちた…












「 やっぱり弱い男の血は美味しくないわね……」










こと切れた男の身体を投げ捨てると、

赤く染まった口唇をペロリと舐めあげる女








「 まぁ…空腹を満たす材料にはなるから良いのだけれど………」













食欲は満たされたはずなのに、何かが足りない……


それは いつも感じていたものではあった






常に何かに飢えた感覚が付きまとう……

それが何なのか……



















「 あの男なら、この飢えも満たしてくれるのかしら……」















ゾロが立ち去った方向に視線を向ける女












この男と剣を交えるゾロの姿を見た時に感じた感覚…


それは過去数百年 一度たりとも感じた事のないものであった














「 ………確かめる価値はありそうね。 」












そう呟くや否や、女の身体は漆黒の夜空にフワリと舞い上がり

ゾロの歩いて行った方に向かい飛び去っていった